様々な検査をしても、痛みの原因となる、明らかな身体的な異常が見つからない。薬を飲んでも、リハビリをしても、なかなか痛みが改善しない。そんな、難治性の慢性腰痛に悩まされている場合、その痛みの背景には、身体的な問題だけでなく、「心理・社会的な要因」が、深く関わっている可能性があります。これを「心因性腰痛(しんいんせいようつう)」、あるいは、より広い概念である「生物心理社会モデル」に基づいた痛み、と呼びます。これは、決して「気のせい」や「꾀病」といった、単純な話ではありません。強いストレスや、不安、抑うつ気分といった、心理的な状態が、脳の働きに、実際に物理的な変化をもたらし、痛みを、作り出したり、増幅させたりするという、科学的なメカニズムに基づいています。私たちの脳には、体からの痛みの信号を、コントロールし、抑制するための、非常に精巧なシステム(下降性疼痛抑制系)が備わっています。しかし、仕事や家庭での強いストレス、あるいは、腰痛そのものに対する過度な恐怖心や、「もう治らないのではないか」という破局的な思考が、慢性的に続くと、この痛みを抑制する脳のシステムが、機能不全に陥ってしまうことが分かっています。その結果、脳そのものが「痛みに過敏な状態」になり、通常であれば、何でもないような、ごくわずかな刺激に対しても、脳が「痛み」として、誤って認識してしまうようになるのです。また、ストレスは、自律神経のバランスを乱し、交感神経を過剰に興奮させます。これにより、全身の筋肉は常に緊張し、血流が悪化するため、腰の筋肉は、さらに痛みを発しやすい状態になります。このタイプの腰痛は、身体的なアプローチだけでは、なかなか改善しません。痛みに対する認知や、行動パターンを変えていく「認知行動療法」や、ストレスを管理するためのリラクゼーション、そして、時には、抗うつ薬などの、脳に作用する薬物療法が、驚くほどの効果を発揮することがあります。体と心は、分かちがたく繋がっている。そのことを、心因性腰痛は、私たちに教えてくれるのです。